₂₄₀.ほぼ全額もどる厚生年金の脱退一時金



 前回との関連で、外国人就労者が帰国する際の『厚生年金の』脱退一時金に触れておく。脱退一時金という制度があるというだけで、保険加入への動機付けにもなるだろう。

 前回述べたように社会保険の加入に国籍は関係ないが、何年かで本国に帰国する方が手取りの減少を理由に社会保険加入に難色を示すというのもよく聞く話だ。

 それでも健康保険なら誰でもいつ(私用で)ケガや病気をするか分からないので、会社が半分負担してくれる保険加入はありがたい。

 しかし、帰国前提で考えれば、厚生年金は自分が死ぬ(遺族年金)か障害を負う(障害年金等)かしなければメリットがないと考えがちだ。

 『手取り』が選挙の争点になる昨今、手取りが減るだけの厚生年金はご勘弁…という気持ちも分かる。

 しかし帰国後に、支払った保険料がほぼ全額戻ってくるのであれば、積立貯金の感覚で厚生年金保険料を支払えるというものだろう。自分で請求するのがムリだと思ったら、そのときに社労士に代行してもらってもいい。
 

国民年金の脱退一時金との違い

 
 国民年金の脱退一時金は ー ₁₆₃.帰国外国人の脱退一時金(国民年金)ー で書いた通り、最大でも支払った保険料のほぼ半額だ。

 しかし、厚生年金の脱退一時金は、自分が支払った保険料が条件によってはほぼ満額戻ってくる。ここは大いに驚いてもらいたいところだ。

 以下で国民年金の脱退一時金と比べてみる。ここで正確には厚生年金の方もだいたい『国民年金第2号被保険者』ということになるが、このページで『国民年金』といったら厚生年金の方は含めない。
 

・ 国民年金の脱退一時金は、納付額の最大2分の1

 
 国民年金の脱退一時金は、
 

最終年度の月額保険料 × 1/2 × (6・12・18…・60)


だった。カッコ内の数字は満額納付期間だけの場合は、納付月数以内の最大の6の倍数(max60)だ。

 ザックリいうと多くて納付額の1/2程度になる。
 

・ 厚生年金の脱退一時金は、最大で本人納付額全額

 
 厚生年金の脱退一時金は、
 

平均標準報酬額 × 支給率

 
ということになっている。これだけではさっぱり分からないので説明する。

 『平均標準報酬額』とは、加入期間の標準報酬月額と標準賞与額をすべて合算したものを月数で割ったものだ。

 65万円を超える月収や150万円を超える賞与をもらっていたかなりの高給取りだった方以外は、ザックリもらった給与や賞与の総額を月数で割ったものと考えてよい。つまり次のようになる。

もらった額面金額の総額 ÷ 月数 ≒ 平均標準報酬額


 次に『支給率』だが、加入期間の最終月の前年(8月以前の場合は前々年)10月の保険料率1/2を乗じた率に『支給率計算に用いる数』を乗じたものをいうことになっている。『支給率計算に用いる数』というのは、上の国民年金の式の(6・12・18…・60)と同じだ。つまり、
 

保険料率 × 1/2 × (6・12・18…・60) = 支給率

 
となる。ここで、ちょっと知っている人はこの式の『1/2』が国民年金でも出てきたのを思い出し、《厚生年金も半分くらいしか戻らないんだな》と思いがちだ。

 ただし、ここで出てきた『保険料率』は2018年度から『18.3%』に固定されている『労使合算』の保険料率だ。この1/2ということは、当人が負担した保険料率(2018年度以降なら9.15%)ということになる。

 ここまでまとめると、
 

もらった給与等総額 ÷ 月数 × 9.15% × (6・12・18…・60)≒ 脱退一時金

 
ということだ。 

 ちなみにアンダーラインを引いた『もらった給与等総額×9.15%』というのは、ほぼその方の負担した保険料総額になる。

 結局、加入期間の月数が6の倍数の方はほぼ負担した保険料額、そうでない方もそれに近い金額が戻ってくることになる。

 事業主負担分は戻ることはないので、そこは事業主に大いに感謝してもらいたいところだ。
 

実際には所得税が引かれる

 
 というわけで、たとえば月収24万円・賞与夏冬各24万円の外国人就労者が4年間(48ヶ月)勤務した後に帰国した場合なら、負担した厚生年金保険料123万円あまりが戻ってくる。

 ただし実際にもらえる脱退一時金は、『退職所得』として所得税が20.42%(約25万円)天引きされて98万円程度になる。

 退職所得の税金は優遇されるので、きちんと確定申告すれば大半が戻ってくることが多いはずだ。この税金の部分は、自分でやるのが難しい場合は税理士の先生にお願いした方がいいだろう。
 

厚生年金の脱退一時金の支給要件

 
 厚生年金の脱退一時金の支給要件も、国民年金のそれと似ていて次のようになっている。
 

  日本国籍がない
  日本国内に住所がない
  国民年金や厚生年金の被保険者でない
  障害厚生年金など、厚生年金給付の受給権を持ったことがない
  老齢厚生年金の受給資格期間(国民年金期間とあわせて10年)を満たしていない
  厚生年金の被保険者期間が6ヶ月以上ある
  最後に被保険者資格を喪失した日(その日に日本に住所があった場合は日本に住所がなくなった日)から2年以内である
 

 ②の要件があるので、脱退一時金は最後の居住地に転出届を出さなければ請求できない。転出届は帰国する日の14日前から提出可能なようなので、脱退一時金の請求を考えているのなら早めに手続きした方がいいだろう。

 なお、日本年金機構によると、郵送の場合は、脱退一時金請求書の日本年金機構への到達日が転出日以後であればいい。

 ただし③の要件から、被保険者資格喪失以後でなければならない。

 ⑤は、資格期間が10年になると、老齢年金の受給権が発生するので『掛け捨て防止』という脱退一時金の趣旨から外れるからだ。
 

・ 年金に居住地要件はない

 
 日本の年金の支給については、国民年金にしても厚生年金にしても『国籍』『居住地』も要件にない。日本の年金受給権を得た以上、地球上のどこに住んでいても(べつに『地球上に限る』という要件もないが)、日本の年金を受け取れる。

 ただし日本国内居住の方のように、60才・65才といった節目の年に日本年金機構から封書が届くような親切な対応はしてくれないので、そこはしっかり自分で日程を管理しなければならない。
 

脱退一時金の注意点

 
・ 厚生年金への加入期間は通算できる
 

 日本国内で厚生年金期間と国民年金期間が断続しているときはもちろん、何回か出入国をくり返してその都度厚生年金期間があるような場合も、脱退一時金はまとめて(通算して)請求できる。

 たとえば住民票上3回の出入国をくり返して10ヶ月の厚生年金期間が3回ある場合、1回ずつ請求した場合の脱退一時金は『6の倍数』ルールから18ヶ月分(6ヶ月×3回)になるが、3回目終了時にまとめて請求した場合は30ヶ月分になる。

 だから最初からそういう予定ならまとめて請求した方がいいだろう。

 ただ、まとめすぎて通算5年以上になると脱退一時金は60ヶ月分で頭打ちになるし、さらに国民年金期間も加えて10年になると脱退一時金の請求自体ができなくなる。
 

・ 国民年金の脱退一時金とは、期間を合算できない

 
 脱退一時金に関して、国民年金期間と厚生年金期間の合算は行わないことになっている。

 つまり国民年金期間と厚生年金期間がそれぞれ5ヶ月ある場合でも、どちらも最低限の6ヶ月に満たないので脱退一時金は請求できない。
 

脱退一時金のデメリット

 
 脱退一時金をもらうことによって失うものもある。いったん脱退一時金を請求した後で『お金は返すから元に戻して』という希望はかなえられないので、デメリットについてもよく理解しておいた方がいい。
 

・ 資格期間(年金加入期間)はなくなる

 
 日本人についても社会保険庁時代、管理の杜撰さによって『消えた年金』問題が起こったが、これとは全く別の話だ。

 いったん脱退一時金を請求すると、それまでに年金保険料を支払ってきた実績(資格期間)はすべて『ゼロ』にリセットされる。

 その後に来日したときに『やっぱり日本の年金をもらおう』と思ったら、再びゼロからのスタートになる。
 

・ 出身国との年金の通算はできない

 
 国民年金のところでも書いたが、以下の国々と日本の間には年金期間の通算協定があるので、その国々の方であれば日本で支払った保険料は本国に引き継げるので『掛け捨て』にはならない。

 このリストにある国の方も脱退一時金の請求はできるが、その場合引き継ぐべき期間はなくなるので、特によく考えた方がいい。
 

○ 日本と社会保障協定がある国
 

アイルランド・アメリカ・インド・オーストラリア・オランダ・カナダ・スイス・スウェーデン・スペイン・スロバキア・チェコ・ドイツ・ハンガリー・フィリピン・フィンランド・ブラジル・フランス・ベルギー・ルクセンブルク

 

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2025年06月20日