96.年休時の給与と深夜割増



夜勤者の年次有給休暇

 
 夜勤者とは、所定労働時間中に深夜時間帯(22時~5時)が含まれる方のことだ。
 一口に夜勤者といっても様々なパターンが考えられるが、夜勤者の年次有給休暇を考える場合に問題となる点が2つある。

 1つ目は、年休取得時の給与に深夜割増賃金を含めるべきかという問題。2つ目が、所定労働時間が日をまたぐ場合に、年休取得の原則的な単位『1日』をどう捉えるかという問題だ。
 今回は1つ目の、年休時の深夜割増について考える。
 

年休時の深夜割増

 
 ここで、年次有給休暇中の給与について、『平均賃金』や『標準報酬日額』を支払うことになっている場合は、前回まで見たように、〆日以前3ヶ月の給与や労働日数、標準報酬等によって自動的に計算できるので、深夜割増について考慮する必要はない

 問題は、年休時の賃金として『所定労働時間労働したときに支払われる通常の賃金』を支払うと規定されている場合だ。
 

・ 70年間、関係者を悩ませ続ける通達

 
 1952年9月20日の通達では、

『所定労働時間労働したときに支払われる通常の賃金には臨時に支払われた賃金、割増賃金の如く所定時間外の労働に対して支払われる賃金等は算入されないものであること』

となっている(太字・下線は広田による)。この通達が、以後70年間関係者を悩ませ続けている元凶だ。

 素直に読めば、割増賃金の1つである『深夜割増』も通常の賃金に含めないと言明したものととれる。

 しかし、深夜割増は『所定時間外の労働』でなくても発生するので、『割増賃金は所定時間外の労働に対して支払われる賃金等である』という前提そのものが誤っていることになる。
 論理の基本からいえば『前提が偽である命題は全て真である』ことになっているので、いずれにしても『深夜割増』は通常の賃金に算入されないことになるのか?

 ただし、『割増賃金の如く』というのがただの例示と考えれば、例示が間違っていただけで、単純に『所定時間外の労働に対して支払われる賃金等は算入されない』ということになり、元々夜勤の場合は『所定時間内』なので、この通達には拘束されないと解釈することも可能だ。

 そうなると、所定労働時間内の夜勤に対して支払われる深夜割増賃金は、『所定労働時間労働したときに支払われる通常の賃金』に含まれると考えることもできる。
 

・ 行政解釈では、深夜割増を含む

 
 おそらくこうした考えから、次の行政解釈が出されている。

『深夜労働が常態となっている夜警業務の場合などは、その深夜労働自体が通常の労働(所定労働)と解されますから、この夜警業務に就く人が年次有給休暇を行使したような場合は、深夜割増賃金も当然含んだ賃金を支払わなければならない。』
                              《労働基準法実務問答》

 今のところ(執筆時点では)、この行政解釈が変更された話は聞かないので、夜勤者の年休中の給与に深夜割増分を入れていなかったら、行政指導の対象とはなるはずだ。

 ただ、ここで今一度労基法39条に戻れば、『所定労働時間労働したときに支払われる通常の賃金』の『所定労働時間』自体には時刻の概念はない。
 たとえば所定労働時間が8時間ならば、それが(休憩を含めて)9時から18時までであろうが20時から5時までであろうが、とにかく『8時間労働したときの通常の賃金』が『所定労働時間労働したときの通常の賃金』だという判断も、あながちひねくれた考え方とも思えない。
 

・ 地裁では、深夜割増を含めない判断も

 
 そうこうしているうちに、2020年に東京地裁で次のような判決があった。

『(略)深夜労働に対して割増賃金を支払う趣旨は、(略)深夜労働も時間帯の点で特別の負担を伴う労働であることから、それらの負担に対する一定額の補償をすることにあると解される。年次有給休暇を取得した場合、実際にはそのような負担は発生していないことからすれば、年次有給休暇を取得した場合に、所定労働時間労働した場合の通常の賃金としては、割増賃金は含まれず、所定労働時間分の基本賃金が支払われれば足りると解される。』

 これは他の論点も絡んだ判決だが、この部分については理論的に齟齬がなく、実態に即して判断するという労基法の基本的立場に立った『地に足の着いた』判決と言える。
 深夜割増の趣旨についても『人間本来の生活時間帯からの逸脱により、労働強度が増すことに対する補償』(給与の一策4.『差引支給額』が決まるまで)とした私の考えにも近い。

 ただし、これは司法解釈と言っても今はまだ一地裁の判断に過ぎないので、これでこの問題が決着したと見るのは早計に過ぎる。安全策を取るなら、今のところは先の行政解釈(深夜割増を含める)によるべきだろう。

 ただ、新たな事業所開設という場面なら、途中での不利益変更は困難を極めるので、この地裁判決を信じて、きちんと雇用契約・就業規則等で明示したうえで、『年休時の給与に深夜割増不算入』とすることも、私は推奨しないがあり得る。

 

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※ 訂正
・70年間、関係者を悩ませ続ける通達
8行目  所定労働外の労働 ➡ 所定時間外の労働
・地裁では、深夜割増を含めない判断も
8行目  基本的に立場に立った ➡ 基本的立場に立った  '23.11.10

2023年11月07日