₁₀₆.年次有給休暇の買取りは?



 任意の有給休暇の扱いについては任意なので、ここでは法定の年次有給休暇についてのみ考えることにする。
 

・ 基本的には、年休買取りはダメ

 
 基本的に、年次有給休暇の趣旨から、年次有給休暇の買取りは認められていない。これを認めると、年休権の行使を抑制する効果が生じてしまうからだ。
 逆に言うと、年休権が行使できない状態のときは買取りが認められる。この場面は2つ想定される。
 

年休を買取りできるのは、時効と退職時

 
 1つは退職のときと、もう1つは年休権が時効にかかったときだ。
 どちらも普通、年休を取ることはすでに不可能な状態だ。買取りしても年休取得の抑制効果はないということで、買取ることは禁止されていない。
 

・ 買取り価格は自由

 
 これは義務ではなく、会社の任意になるので買取り価格も決まっていない。平均賃金でも通常の賃金でも標準報酬日額でもそれ以外でも構わない。
 ただ、その時その時でバラバラというわけにはいかないので、会社としての統一した基準は必要だ。
 

・ 年休を取得したことにはならない

 
 ただし、買取りの場合はいくら高額で買取ろうと年休を取得したことにはならないので、たとえば年5日の取得義務を満たしていない場合、時効または退職時に不足分を買取ったとしても、取得義務違反を免れるわけではないことは言うまでもない。
 

退職時の年次有給休暇

 
 長く勤めていて、あまり年休を取っていない方の場合だと、前年度に取得義務の5日年休を取っていたとしても、退職時最大40日の年休が余っていることもあり得る。これを退職時に使い切るとなると、土日祝日休みの場合で普通2ヶ月近くかかる。

 年休を使い切るためだけに退職日を後にずらす例も散見するが、転職の場合には従業員も次の会社に入社できないので、従業員にとってもあまり意味はない。
 

・ 失業等給付には悪影響も

 
 失業等給付を受給する場合でも、退職日がずれた分ハローワークの離職手続きも遅くなるので、一般的には給付もそれだけ遅くなる。

 また、失業手当(正しくは求職者給付)の基となる『賃金日額』は、通常の場合、『最後の完全な賃金計算期間6ヶ月』分で決定される。たとえば、月末〆で12月12日退職なら、6月1日~11月30日の給与ということになる。以下、この場合で考える。

 常日頃残業が多い職場や年休中の給与が平均賃金で支払われている場合など、10月中にあらかた出勤を終え、11月はすべて年休消化…という例だと月額給与が下がることが多く、それが『賃金日額』にも影響する。
 

・ 会社と本人の社会保険料

 
 もちろん、この場合、11月分の社会保険料もかかってくる。
 社会保険料は、その会社の〆日に関わらず、その月の末日に在籍している場合に発生するので、喪失日(離職日の翌日)が翌月に食い込めば、会社の社会保険料負担も1ヶ月分余計に発生する。

 これについてはもちろん退職者の方も同様だが、こちらはその方の置かれた状況によって影響が異なる。

 退職日が月末前の場合でも、退職後すぐに次の会社に就職する場合は、その会社で同じようにその月の社会保険料を負担しなければならないので、標準報酬が大きく変わらない限り、大した違いはないだろう。

 逆にしばらく休む予定なら、月末前退職でも国民健康保険料と、20~59才の方なら国民年金保険料(被扶養配偶者がいる場合はその方の分も)も、離職した月の分からかかってくる。健康保険任意継続する場合も同様だ。
 

・ 退職後、保険料負担がないのは3号だけ

 
 月末前退職で、その月の新たな保険料負担がないのは20~50代なら、一般的に

① 配偶者の健康保険(国保はダメ)の扶養に入り、
② 国民年金の第3号被保険者となる

場合だけだ。この場合は、他の事情がなければ月末前の退職をお勧めする。
 

・ 退職日の先延ばしに意味がない場合は

 
 今回の話の内容からはかなりそれてきたので、この辺の詳しい内容はいずれどこかでまとめるが、いずれにしても年休を使い切るためだけに退職日を後に延ばすというのは、あまり意味がないことも多い。

 こうした場合には、両者の合意があれば『買取り』という方法を取ることも考えられる。

 その場合には買取った金額は、普通、退職所得として扱うので、通常の所得税よりは優遇される。

 もちろん、事前に買取りを予約することは、年休権の行使を抑制どころか禁止することになるので認められない。 

 

時効となった年休の買取りは慎重に

 
 ここで、退職については普通1社について1人1回なので、上で述べたように年休の買取りに合理性は感じる。

 しかし、『時効』については毎年起こり得ることなので、法的に認められているにしても、これを実行すべきかどうかは慎重に判断すべきだ。

 いくら法律上『買取り予約は禁止』されていても、同じ会社で実際に時効のときの買取り事例が毎年続けば、従業員に《どうせ、取得しなくても会社が買取ってくれる》という『期待』が発生し、年休取得の抑制につながる危惧もあるからだ。
 

・ 損得で考えれば…


 ここで、ちょっと損得を考えれば… 

日給1万円の方の場合、1日働いてもらうと、1万円法定福利費・設備投資その他もろもろの費用を合算した金額を超える利益が出るからこそ、会社はその方を雇っている。ここでは、これが話の前提だ。ここでは、年休買取り価格も1日分1万円とする。
 就労日については、会社はその方に1万円払い、その方の労働によって利益を得る。

 その方が年休を取った日は、会社は1万円を支払い、利益は0だ。

 この方がある日について年休を取らずに就労し、時効後にその分を買取る場合は、会社はその方に2万円払って1日分の利益を得ることになり、会社の支払金額は年休を取ったときに比べると1万円多いが、1日分の利益がこれを下回るということは、上の前提からあり得ない。
 

・ 従業員にとっては、買取りはソン

 
 結果として会社にとっては、従業員の労働による利益を考えれば、年休を取らせるよりは買取った方がトク。つまり従業員にとっては、買取ってもらうよりは年休を取得した方がよほどトクということだ。

 しかし、理屈はさておき、そうは言っても、その方の置かれた状況によっては、『年休を取るよりその分働いて、後で買取ってもらった方がいい』と考える方もいるようだ。

 とりあえず、労働者の側から『買取りを要請することはできない』ことはハッキリしているので、変な『期待』を持たせる時効年休買取りが常態化するのは避けるべきだろう。

 なお、この場合の買取り金額は、賞与として扱う。

 

次 ー ₁₀₇.年次有給休暇の申請期限 ー

 

※削除
・退職日の先延ばしに意味がない場合は
9~10行目 削除(全く同じことを2回書いていました。)
※訂正・加筆
・年休を取得したことにはならない
1行目 高額で買取ろうとい ➡ 高額で買取ろうと
・損得で考えれば…
4行目 《話の前提だ》の後に加筆

2023年12月12日